会社に入って46年、元は製造・技術であったが40年前より海外事業に従事し米加蘭米中と計5回延べ20年超の海外駐在経験を経て執行役員となったが、自己流の学習とKKD(勘・経験・度胸)でそれなりに結果は出してきたが、後進の育成、会社の更なる成長を考えると体系的な学びが必要であると考えた。あまりにも知らないことが多い事を知り愕然とするが、知る喜びも得る。教授・講師陣からの学びは当然ながら、同窓生である若い人たちからの学びも大変多く、自社でも年齢・ポジションに係わらずに意見を出し合える機会づくりの必要性も感じた。
日本のハイコンテクスト文化を基にグローバルビジネスを展開することは不可能である。最近はナショナリズムが各地で台頭しているが、グローバル化は形を変えても不可避であり、グローバル化には明快な論理的説明が絶対である。
40年前に技術から海外事業部に異動になった際に初めて読んだビジネス書が大前学長の「マッキンゼー成熟期の成長戦略」であったこともあり大前学長への尊敬と憧れがあり、その学長の下で学べるのは至上の喜びであった。コロナ禍でにわかリモート学習が多いなか、長い経験があり、ノウハウが蓄積されていると感じた。
RTOCS(Real Time Online Case Study)はBBT一番の特徴である。2年で100本のケースなので、兎に角数をこなせる様にならねばならない。データ収集と整理に費やす時間配分をミスし、クラスメイトに頼ったりもしたが、今後はAIでの準備もできるであろうから、構想に集中できるようになるのではと考える。ただし、如何なるデータが構想に必要なのかをAIに指示する力は身に着けておく必要がある。それは数をこなすことで身につく。
論理的思考を身につけないといけないのであるが、ハイコンテクスト文化の日本では日本語(国語)を非常に曖昧なままでも大丈夫で自身も曖昧・いい加減に理解したまま生きてきたことを知る。如何に考えて、表現するのか、日本語でも論理的に表現することは可能で、そのちゃんとした日本語を英語なり多言語に訳することで本当のグローバル化(日本を含む)が進むと悟った。
一年次は久しぶりの学校で知る喜びを満喫した。当初は2年での卒業を目指していたのでかなりの単位習得した。2年目はコロナ罹患もあり1年半休学を経て、4年目で卒研以外の単位取得、5年目は卒研だけとして修了にこぎつけた。沢山履修すればそれだけ沢山の出会い(知識と人)がある訳でもっと履修すべきであった反省もある。
コロナ禍では海外出張がなかったので時間が比較的自由に調整できた。プライベートでも夜の付き合いもなかったので学業は妨げにはならなかった。海外出張が始まると時差調整、移動時間中の学びに苦労した。プライベートでは子供も独立しており調整の困難さは感じず。
BBTに係わらず、昭和のハードコピー世代なためか、DLしたデータファイルの整理が下手で読み返し、後で参照する際に検索に時間が掛かってしまう。これはデジタルリテラシーの問題で、BBTのカリキュラムには関係のない自身の問題。
デビルズアドボケイトとして必ず反対意見も出して、複数のオプションを持てるようにする事を組織としてできる様に目指してゆく。日本では多い「鶴の一声」を許さず、反対、別意見を考えることで構想力を高めて行く訓練となる。
兎に角、変えることの重要性を学んだ。時間を変える、場所を変える、人を変える、変えることは難しい事の様に思っていたが、時間、場所、人をずらせることはそう難しくない、そうすることで多くの違い、違う世界が見えてくる。これを多くの人に知らせて回る様になった。
海外協力隊シニアは70歳まで海外勤務ができるので、最期にもう一カ国に住んで、その国の発展に寄与できる経営管理での協力をしたい。70歳以降は地元での社会貢献活動をする。その研究、考察中であるが子供(特にひとり親家庭)の支援を中心に考えたい。
既に自社の後輩が3名、BBT、BONDに入っている。又別の学校でMBAを取得を目指している後輩も居て頼ましい限りである。「やりたいことは全部やる」知識量ではAIに敵わないのであろうが、体を動かすことも含めてAIでは出来ない構想力を身に着ける為にも是非学び続けて欲しい。私自身は学び続けます。