コンセプトによってキーパーソンを巻き込む
近年「アクセラレーター・プログラム」と称した、ベンチャー企業の先進的なアイデアやサービスと、大企業が持つ様々なリソースやアセットを活用して新規事業を立ち上げる手法が広がりつつあります。
当社の場合、おもに住環境という分野において、LIXILグループのリソースを活用し、ベンチャー企業と協業しながら新たな事業を創出していく「LIXILアクセラレーター・プログラム」を進めてきました。私は2016年4月から約1年間にわたって、このアクセラレーター・プログラムの企画、運用、そして最終的なベンチャー投資まで、一連の活動に携わってきました。新規事業の立ち上げに携わる事は、非常に刺激的で有意義な経験でした。
大企業は資金や人的リソースは豊富であることに加え、ブランドや販売チャネルなど多くのアセットを保有していますが、新規事業を立ち上げるための斬新なアイデアや行動力が不足しがちです。一方、ベンチャー企業には豊富なアイデアや行動力、スピードがある一方で、資金・人的リソース・販売チャネルなどは不足しています。
大企業の強みであるリソースやアセットと、ベンチャー企業の強みであるアイデアと行動力を組み合わせることができれば、新しい事業を創出できる可能性とスピードはぐっと高まるように思えます。
しかし、いくら大企業といえども、それらのリソースを簡単に提供できるわけではありません。長年かけて構築してきたアセットを使って何か失敗すれば、自社の信用を失う可能性もあります。さらに事業部門は、商品開発や生産・営業など、企業が収益を上げていく上で最重要な"must"の仕事で多忙な状況です。そんな中、新たな事業を生み出していくためには、「ベンチャーと一緒に、どうしてもそれをやりたい」という”want”を、関係者一人ひとりの中に生み出していくことが必要です。
”want”を生み出し、多くの人達を巻き込むために私が最も重要視しているのは、「コンセプトの言語化」です。
先進的な製品・サービスでは、そのベネフィットが顧客に伝わりにくいケースがあります。しかし、どんなに顧客の役に立つ商品・サービスであっても、顧客にそのベネフィットが伝わらなくては使ってもらえませんし、そもそもキーパーソンを巻き込むことすらできません。
「コンセプトの言語化」には、BBT大学院で学んだことが非常に役立っています。そこで、1つ目のポイントとして、ステークホルダーを巻き込むために私がどのようにしてコンセプトを作り上げたかについて、お話しいたします。
大前学長の「イノベーション」の発想法
BBT大学院には「イノベーション」という科目があります。この科目では大前学長が自身のビジネス経験を元に、思考の限界を突破する発想方法として、創造的解決法を体得するトレーニングを行います。具体的には10種類の基本編と、7種類の実践編で構成されているカリキュラムです。私はこの講義で学んだ手法をそのまま業務で活用していて、特に多用している手法は「Fast-Forward」と「What does this all mean?」 の2つです。事例を交えながら、簡単にこの2つの発想法をご紹介します。
◆Fast-Forward (早送りの発想)
Fast-Forwardとは「早送り」の事です。今ある兆しを捉えて、その兆しを早送りしたら未来はどうなるか?というように考えます。
例えば通信販売の配送について多くの課題があることは、誰もが認識していることだと思います。ネット販売の普及により荷物の量が圧倒的に増えたにもかかわらず、物流システムの整備が追いついていない、など様々な要因があります。また「送料無料」というサービスもその要因の一部でしょう。このような現状を踏まえると、現状の配送システムのままでは、近いうちにシステムそのものが破綻する可能性もあると考えられます。実際に、大手通販業者と宅配業者は、価格を含めた取引形態の見直しを始めています。これらは、ネット販売の成長率と宅配業者のキャパシティというファクトを観察していれば、誰もが数年前に予想できたことでした。
ここで、思考実験として時計の針を10倍速で回してみます。10年後のネット販売の姿はどうなっているでしょうか。
数年前までネットで「靴」を買うということは、あまり現実的ではありませんでした。これは欲しい靴が本当に自分の足に合うかどうかわからない、ということが原因の一つでしょう。靴はお店で試着して買うもの、という意識が強かったと思います。しかし、最近は同じデザインでサイズの異なる靴を複数送ってもらい、サイズが合わない靴は返品するというサービスが普及しつつあります。自宅のほうが店員さんの目を気にすること無くじっくりと試すことができ、意外に便利と思う人が多いかもしれません。
この販売手法が普及すると、1つの商品を販売するにあたり、物のやり取りが増える、すなわち物流への負荷がさらに高まるという事になります。現在の宅配システムのままでは、この負荷への対応は難しいでしょう。ここに機会があります。消費者の利便性を損なわない次世代の宅配システムを考えることは、新たなビジネスチャンスの発見につながります。非常に簡単な例ではありますが、このように思考を巡らすことはFast-Forwardのトレーニングになるのです。
まとめると、今まさに目の前に起こっている現象を大きな潮流が変化する兆しと捉え、頭のなかにある時計の針を進め、5年後・10年後を予測する考え方が「Fast-Forward(早送り)」です。
◆What does this all mean?
これまでFast-Forwardで、物流への負荷がさらに高まるという事を導き出しました。
ここでさらに、宅配を取り巻く環境について考えてみます。
大手通販会社は、翌日配送はもちろんのこと、地域によっては当日配送というサービスをユーザーに提供しています。ユーザーはすぐにモノが届くことが当たり前になっています。しかし、実際に荷物を届けに行くと、受取人が不在ということはよくあります。その場合、不在票をポストに入れて再配達することになってしまいます。この再配達が宅配業者にとって大きな負担になっています。
この再配達問題を解決するために注目を浴びているのが、宅配ボックスです。ただし、この宅配ボックスにも課題があります。
マンションなどに設置されている宅配ボックスでは、ボックスのサイズが小さくて荷物が入らないケースや、また数が限られているためすぐに一杯になってしまうケースがあるようです。また、そもそも古いマンションやアパートにはスペース的に設置が難しいことや、費用負担の問題があります。
戸建てであれば後から設置は可能ですが、設置にはそれなりに費用がかかります。荷物を受け取れなくても、宅配業者が無料で再配達してくれるわけで、あえて自ら宅配ボックスを設置する理由が見つからない、といったケースもあるようです。こういった様々なケースを踏まえてFast-Forwardで考えてみると、宅配ボックスの普及には意外と時間がかかるのではないか、という予測が出てきます。
話は変わりますが、私が担当したアクセラレーター・プログラムの中で、あるベンチャー企業が、スマホを使って施錠管理できる「スマートロック」を使ってサービスを展開していました。スマートロックは既存ドアに後から取り付けることができるデバイスで、特定のスマホアプリをインストールした人だけが扉を解錠できるという仕組みです。
このスマートロックについても、Fast-Forwardで考えてみます。現在はオフィス用途がメインですが、比較的安価で後付可能ということを踏まえると、何かしらのきっかけがあれば一般住宅にもかなり普及するのではないか、とも考えられます。
ここで、【Fast-Forward】で考えた、一見バラバラな要素を【What does this all mean?】で発想を飛躍させ、下記のようにまとめてみます。
【Fast-Forwardの発想】
・荷物量の爆発的増加により、再配達問題はますます深刻化する。
・再配達問題を解決できる宅配ボックスは、思った以上のスピードでは普及しない。
・安価で設置が容易なスマートロックは、普及していく。
【What does this all mean?(それら全てが意味することは何なのか?)】
・不在時にスマートロックを使って玄関の中に、直接荷物を入れるサービスを展開する。
このように、一見バラバラな要素を俯瞰して見つめた上で、「要は何を意味するのか?」「要は何ができるのか?」を発想することが、まさに【What does this all mean?】のアプローチです。
私の場合、ここでさらに発想を飛躍させて、コンセプトを考えるようにしています。このケースの場合、「結局、スマートロックを使って、玄関という空間をどう変えていくのか?」という問いに対して、「スマートロックで玄関を現代の土間にする」というコンセプトを導き出しました。
伝統的な日本家屋には土間がありました。土間では、炊事や農作業を行うなど、屋外と屋内の中間的な空間として様々な機能を有していました。現代の日本の住宅では、屋外と屋内を分けている場所は玄関です。しかし、多くの現代住宅の玄関は、靴を脱ぎ家に上がる空間(=屋外と屋内の境界線)としての機能しか果たしていません。
私は、この現代の「玄関」にかつての土間的な機能を持たせ、不在時に荷物を直接玄関に届けることで再配達問題を解決できないか、と考えたのです。もちろん防犯やプライバシーといった課題はありますが、スマートロックの活用により課題解決できる可能性が高まってきます。
このような「スマートロックで玄関を現代の土間にする」というコンセプトをベンチャー企業に提案したところ、非常に前向きな反応で、サービスの具現化に向けたアクションをスタートすることができました。
ここまで、新しいコンセプトを作るために私が実務で活用した手法をご紹介しました。新しいビジネスのタネを生み出すために、事実を丁寧に集めた上で、「時計の早回し」をした上で、「それら全てが意味することは何か?」という流れで発想してみると、思いもよらないアイデアが浮かんでくるかもしれません。