大企業を辞めスタートアップという選択をした理由
大企業に勤めていて、なぜ起業したのか?と疑問に思われる方もいますよね。まずはなぜ私が「起業」の道を選んだのかを簡単にご紹介します。
研究開発職だった当時の私は、今後この会社にいたらいずれは昇進して経営に携わっていくもの、と思っていました。単純な話で、そうなる前に経営やマネジメントの知識が必要だろうと思いBBT大学院の門を叩いたのです。ところが入学して半年後に受講した「起業論」という科目を通じ「働き方」に対する考え方や気持ちが大きく変わりました。
私たちは人生の殆どの時間を「働く」ことに費やしています。その働く時間を最も充実させるためには、自分でその時間をコントロールできる幅が広くないといけません。サラリーマンのままではコントロールできる幅も限られている、そう思ったとき「起業」という手段が最も自由度が高いということに気づきました。また、一定の年齢になると定年退職をせざるを得ない会社組織の中だけでキャリアを積むことに、漠然とした危機意識を持ち始めました。世の中で本当に通用する力を身に着けるためにも、起業することは重要な経験値と実力を得られると考えるようになったのです。これは私の中において大きな変化でした。
さて起業には、これまでの仕事の経験を生かして独立する、またはフランチャイズ(FC)に加盟する、など様々な形があります。私の場合は起業に際して「スタートアップ型」を選択しました。「スタートアップ」の定義は様々ですが、ここでは「新しいビジネスモデルを元に市場開拓を行い大きな成長を狙う」という意味で捉えてください。
スタートアップ型を選択した理由は、BBT大学院在学中にアントレプレナーシップを更に深く学ぶために仲間とシリコンバレーへのビジネスツアーを企画・敢行したことが大きな要因です。私が直接話しを聞いたシリコンバレーの起業家たちは、世の中の不自由を解決するために様々なビジネスに挑戦していました。私も彼らの生き方のように新しいプロダクトを世の中に提供することで、新たな価値を作り出すことに挑戦したいと強く奮い立ちました。
ビジネスアイデアの発見とビジネスモデル化までの道のり
ビジネスアイデアとビジネスモデルという言葉を最近ではよく聞くかもしれません。これらは一見すると似ていますが、まずは私なりに定義をします。
ビジネスアイデアは、世の中にある「不便」を発見し、それを解決できるかもしれない方法を思いついた状態を指します。「こうすれば便利かもしれない」「こうすれば喜ぶ人がいると思う」という類のものです。下図を参考にして下さい。
次にビジネスモデルについてです。
・アイデアを実現するための必要な資源を準備し、
・それらを組み合わせて新たな価値を提供できる具体的なプロダクト開発ができ、
・そのプロダクトに対して対価を払う顧客像がイメージでき、
・収益化できる仕組みが見えている。
これらの要素が具体的である状態を指すのがビジネスモデルです。すなわち収益化ができる提供価値と、顧客が存在していることがビジネスモデルの概念のポイントとなります。
既に顧客が存在していたりフランチャイズに加盟していたりするなど、具体的なビジネスモデルが見えていればすぐにでも起業ができるかもしれません。しかし私のように「スタートアップ型」では、ビジネスアイデアの発見からスタートし、ある程度しっかりしたビジネスモデルの構築に繋げていかなければならないので、ある程度の準備期間が必要です。その為少なくとも起業アイデアをしっかり絞り込んでから具体的な起業活動に専念するつもりでした。
そこで、BBT大学院で大前研一学長から様々な発想技術を学ぶ「イノベーション」科目の受講を通じ、方法論に基づいた具体的なビジネスアイデア発想の課題に積極的に取り組むことにしました。起業アイデアを欲していた私にとってはまさにうってつけの科目でして、取り組みたいと思えるアイデアを見つけるつもりで次々と課題をこなしていたところです。そこで、たまたま「食器」をテーマにした議論があり、これがビジネスアイデアの発見につながる運命的な出会いとなりました。
プライベートな話ですが、私の妻は人を招いて料理をふるまうホームパーティーを開くことが好きです。しかしパーティーの都度、料理を盛り付ける食器が少ないことに不満を持っていました。紙皿では文字通り味気なく、料理の良さが発揮されないというのです。とはいえ自宅には逆にあり余るほどに食器があり、私には不思議に思えて仕方がありませんでした。どうやら妻はパーティーのときだけ利用できる素敵なお皿を使いたい、という願望を持っていたようです。
ここにビジネスアイデアのヒントがありました。身の回りのちょっとした不自由さに目を向け、それを解決する方法を考えることが起業の第一歩と学んでいた私は、日々の生活の中で様々なアイデアをストックしていました。しかし、それまでのアイデアは「アイデアのためのアイデア」だったかと思うほど、このお皿のビジネスアイデアは「いけるかも…」という強いモチベーションを伴ったものでした。起業など未知の事に挑戦するには、人を突き動かすほどのモチベーションが大事なのはいうまでもありませんよね。「これをやらないと死んでも死にきれない」というほどのモチベーションがあることで、様々な困難を乗り越える原動力になります。そのようなアイデアを見つけることができたので、ブラッシュアップに専念すべく13年勤めた会社にあっさりと別れを告げました。
しかし会社の設立はもう少しあとの話です。ビジネスモデルが出来上がってからと考えていました。まずはビジネスアイデアをビジネスモデルへと磨きあげる事に集中することが優先事項だったのです。
自分の頭だけで考えていてはダメ。とにかくモデルを人に話すこと
さて、退職後はビジネスアイデアを磨くことに専念しました。まずはとにかく業界の情報や人脈が必要と考え、食器に関係する展示会・販売会を回り、作ったばかりの名刺を配りながら業界の「常識」や「お困りごと」をひたすらヒアリングして回りました。
退職前に調べた様々な本やネットの情報だけでは到底獲得し得ない「現場の声」により、業界についての基礎知識をつけていきました。この頃に大きな手応えを感じ、ある程度ビジネスモデルの骨組みのようなものが出来てきたと振り返っています。その段階では意識をしていませんでしたが、この頃に知り合った「初期の協力者」は私の大きな財産となっています。
ある程度のレベルまで仮説が固まってきたら、次のステップとして「人に話すこと」が効果的です。話しても大丈夫なのか?とアイデアを盗まれることを懸念するかもしれませんが、「アイデアはそれ自体には価値がない」とGoogle創業者のラリー・ペイジは言っています。「実行することが大事である」と。その実行の一歩目が「人に話す」という行動なのです。
それにあたっての具体的な方法をご紹介すると、たとえば「スタートアップウィークエンド」という起業イベントがあります。これは金曜日の夜から日曜日の夜までの週末3日間を使って実際にビジネスを作り上げるスタートアップ実践イベントです。参加者が金曜日の夜にアイデアのピッチ(ミニプレゼン)をし、そのアイデアに共感した人が集まって即席チームを作ります。そこから一気にプロトタイプを作り、クイックな市場調査を経て日曜日にプレゼンを行い、優勝者を決める…という大まかな流れになります。私はこれに数回参加し、自分のビジネスアイデアをピッチしました。このような起業意識の高い人々の集まりの中で自らのアイデアを話すことで、新たなヒントや気づきを貰い、自信が持てるビジネスモデルへと近づけられました。余談ですが、創業後に参加したスタートアップウィークエンドでは見事優勝することができました。
当初のアイデアは、「食器のレンタル事業」でした。しかし調査をすすめるうちに、物流や在庫などの点から多くの課題が明らかになってきました。それらの課題は小さなベンチャー企業で解決するには荷が重いものでした。一方で、世の中には「うつわ好き」が沢山いることもわかりました。そしてそのような「うつわ好き」の人々にインタビューを重ねるうちに、どうやってその「うつわ」を選んでよいのかがわからない、という声を多くキャッチしました。
アパレル関係のメディアでは、モデルが身につけている服やアクセサリーなどのブランド、商品名、価格がわかります。さらにWEBメディアであれば購入もできます。しかし、料理を紹介している多くのメディアではその料理のレシピ情報はあるものの、料理が盛り付けられている食器やカトラリー、テーブルウェアなどの情報が掲載されていないことが多く、欲しいと思ってもその食器に関する情報がわからないのです。このような状態を問題と捉え、解決方法を考えました。
そこでビジネスモデルを「食器のレンタル事業」から「食器のメディア」にピボット(ビジネスモデルを変更すること)しました。 このビジネスモデルを元にユーザーだけでなく、食器を生産している窯元や流通業者などにもインタビューを重ね、初期のビジネスモデルの枠組みはほぼ完成していきました。
またこのアイデアとモデルを元に、ビジネス・ブレークスルーが運営するスタートアップ起業家支援プロジェクト「SPOF」(背中をポンと押すファンド)にもエントリーし、様々なアイデアやフィードバックをもらうだけでなく、結果として資金提供までしていただくことになりました。 最近はこのような出資を視野に入れたビジネスコンテストが世の中に増えつつあるので、ぜひ活用してみてください。
ここまでお話しした通り、いよいよビジネスモデルが具体的になり外部から資金を入れてくれる投資家が現れたため、事業を具体的に運営するべく会社設立を決心しました。
なおこれまでの流れは起業を志す方だけでなく「社内の新規事業」担当の方もご参考いただけるかと思います。これらのプロセスを活用して、是非アイデアをビジネスモデルへと育ててみてはいかがでしょうか。