自分の活動の事業化と、経営層への領域を広げていくことを、知人のコンサルタントに相談したところ、MBAの取得を勧められました。その時は、ビジネス知識もなく、MBAが何かも知らなかったのですが、問題解決の専門スキルが身につくということに心惹かれ、MBA取得を決意しました。
入学以前から、経営に関するスキルの習得に努めていましたが所詮は自己流でした。書籍での学習と資格試験にも挑戦しましたが、いまいち実践につながる体系的な学びにつながっていないようなモヤモヤとした思いがありました。そんなとき、会社の同期がMBAに挑戦しているということを聞きました。彼が日々成長している姿を見るにつけ自分が求めていた学びはMBAだったと気づき入学を考えるようになりました。
どこの企業も同様に、グローバル化の流れの中で競合他社との競争に生き残っていかなければならず、私もグローバル経営について学び、実践する為の基礎体力を身につけなければいけないと考えるようになりました。また、私は生涯現役で稼ぎ続けられる人間になりたいと願っていたものの、振り返って自分自身のスキルを考えると、現場経験以外に何も無いことを痛感しました。自己流では限界もあり、必要なスピード感を出せないと考え、経営の基礎から学び実践できる実力をつけたいと思い、MBA取得を決めました。
前職では一部上場企業のIT統括執行役員を務めていました。経営課題を自分なりに整理して、ITも駆使し、解決していく提案を経営者に出しましたが、その時は力及ばずの状況でした。そこから、このままの自分では、企業や世の中の真の課題を解決することはできないと心の中で確信しました。経営者としての度量を一から身に着けなおし、再出発をする覚悟をして、起業することを視野にBBT大学院の門を叩きました。
かつて動物病院の開業は、獣医師免許と一定レベルの技術があればさほど難しくはありませんでした。しかし、少子高齢化に伴い、動物の数は近年減少傾向にあります。一方で、動物病院の数は増え続け、私達の世界でも競争は激化しつつあります。また、開業年数とともに組織も大きくなり、スタッフをまとめ事業を維持・成長させて行くには、体系的な経営スキルを身につける必要があると考えMBAの取得を決意しました。
そもそもMBAには全く興味がありませんでした。しかし、BBT大学院の一期生であり、尊敬している知人から、「大前研一さんという世界的なコンサルタントが学長を務めるBBTという大学院があって、決して楽ではないけど、学べば確実に地頭がよくなるぞ!」とBBT大学院をご紹介いただきました。これからさらに練馬区を発展させていくためには、「構想力」、「論理思考力」、「問題解決力」とともに、「経営者マインド」が必要不可欠だと考えたため、MBA取得を決意しました。
私の事務所で行っていた企業再生業務のメインは、財務の改善でした。経費の節減等を行って、返済原資を増加させることと、金融機関からの返済期間の延長です。しかし、売上高が年々減少していく中小企業が多く、経費節減と返済期限の延長だけでは、再生ができない企業を多く見てきました。根本的に事業領域の見直しやサプライチェーンの見直しを行わなければ、立ち行かない企業に多く接しました。本業の立て直しが必要であることはわかっていても、その時の私の事務所では、本業の立て直しができるだけのスキルがありませんでした。何とかそのスキルを身に着けようとして、経営の勉強をすべくMBAの取得を考えました。
社内外でグローバル化が進んでいる中、英語を使った業務(翻訳)に携わっているものの、グローバルとは程遠いスキルしか持っていないのではないか、という危機感を抱いたのが大きな理由です。また、売上や利益といった数字とも縁遠い部署でもあったので、将来マネジメントする際コミュニケーション力のみならず、数値、事実から自身の解を導き出す論理的思考力も身に付けておきたいと考えた点もMBA取得のきっかけとなりました。
大きく二つあり、一つ目は販促やマーケティングの仕事をする中で個々の企業が持つ本質的な課題を解決しなければならない必要性に迫られたこと。二つ目は21世紀は“個の時代”と言われ続けビジネスマンも個人のビジネススキルを磨き続ければ活躍の場が増えると確信したことです。そのためには体系的な経営スキルを身につけるべきだと考えました。
前職は90%の離職率という劣悪な環境であり、常に人事として退職面談を行うような毎日でした。そうした中、会社の費用や時間を使いMBA取得を試みた役員がいたのですが、結果的には言い訳をして1年で中退、会社の利益などを無駄にしました。また、私が入学しようとした際には、その役員から難易度が高く自分もリタイアしたからやめたほうが良いというような言葉がきっかけで、自分のお金・自分の時間で2年で卒業できれば、こうした企業の経営幹部を超えられるのではないかと考え、企業の経営者の姿勢を問い正すべく自分の人生をかけ挑戦をしました。