大手電機メーカーに勤めています。入社以来20年以上エンジニアとして主に記憶装置の開発業務に従事してきました。国際標準化の会社代表なども経験してエンジニアとしては業種を超えた社外とのつながりもたくさんありました。
その後、担当していた部門の事業撤退を契機にマーケティングの仕事に移り扱う製品も変わりました。現在は、ストレージ製品の戦略部門に所属しており、新しいストレージ分野の事業開拓を推進しています。
民間航空機用ジェットエンジンの整備に携わりプロジェクトのとりまとめを担当しています。カスタマーサービス機能、チーフエンジニアなど、広範囲の業務をカバーします。これまでお付き合いさせて頂いたお客様は海外の方々が多いです。エンジンの製造メーカーは海外の企業ですし、もともと英語が共通語のグローバルな業界。心がけていることは、大局的な観点での問題解決をすること、プロジェクトが円滑に進むようチームのメンバーが力を発揮しやすくすることです。もちろん、うまく行かずあくせくすることもありますが。
プライベートでは子供が始めた影響で軟式テニスにはまり週末は朝練などをしています。ボーイスカウトの活動をサポートするため、自称草刈りリーダーなるものを名乗り楽しく草のケアをしています。
1996年からアジア地域における自社販売網構築に一貫して従事してきました。2001年から2009年まではインドネシアの販社社長として事業立上げも経験。2011年4月から日系製薬企業台湾販社の会長兼社長として台北に駐在中。
BBT大学院を卒業後、在学中のクラスメートからの推薦が縁で、現在は自動車部品メーカーに転職して、経営企画部に所属しています。グローバル競争の激しい業界ですが、課題の多さや多忙さも楽しみながらの毎日となりました。国内外の企業との提携交渉、M&A用の企業分析と対応方針の立案、海外工場の立ち上げなど、コーポレートマターの案件や部門跨りの案件をよく担当しています。例えそれが、これまでにやったことのないミッションであっても、物怖じせずに前向きに取り組むことができるのは、BBT大学院で鍛錬した日々があってのことだと自負しています。
医師にとって最大の喜びは患者様から感謝されることです。そのような人材になるべく、日々精進しております。日本は、国民皆保険制度により、すべての人が一定の医療を受けることができますが、海外ではそうはいかないのが現状です。また、医療現場では、多くの医療資源を必要とし、時には多額の資金が必要になることがあります。命の重さが等しいと言えるような医療が提供できるようになりたいと思いながら日々診療をしております。
私は時計メーカーで貿易管理業務に携わっております。これまでは外資系医薬品メーカー、生命保険会社、重機械関連会社に勤め、現在の会社に従事して12年になります。
現在、福岡支店の経営を任されております。入社以来、営業の仕事に携わり、22年目になりました。ノルマを達成するために現状把握、競合把握、得意先攻略方法など常に考え、割と良い成績を収めてきました。BBT大学院で学んだことで、結論を出すことが以前よりも早くなり、先を見た行動ができるようになったと感じています。マネージャーとしてまだまだ勉強が足りないと感じていますが、その都度、BBT大学院で学んだことを振り返り、精進しなければと思っています。
パフォーマンスディスプレイ広告分野のリーディングカンパニーであるCriteoに勤務。APACにあるスモールミッドサイズのパブリッシャー開拓チーム全体をマネジメントしています。現在は韓国チームの立ち上げを準備中です。鎌倉在住の2児の父。趣味はアウトドアアクティビティ全般ですが、特に料理が好きです。ダッチオーブン料理を特に得意としています。
企業のお客様向けにシステム導入を支援する仕事をしています。主な取扱商材はSAP ERP、生産/販売/原価管理パッケージMCFrame、グローバル会計ERPのA.S.I.A.です。近年はプロジェクトマネージャ、リーダの役割をいただき、システム導入のスコープ定義や、スケジュール、コスト、品質管理の仕事をしています。
入社してから一貫して完成品の海外営業を担当してきており、入学したタイミングは中国(北京)の駐在が5年目に入ったところでした。 お陰さまで、海外の現場という意味では平均的な会社員よりも多くの経験を積んできましたが、我流の書籍読み漁りと我流の実践のみが、自身のマーケティングのベースでしたので、何処となくこれでいいのか、という不安がいつもつきまとっていたのかもしれません。そこで「体系的」に学べるというBBT大学院の誘い文句はとても心に響きました。
また、入学した時点で既に45才だったのですが、リタイア迄の時間を逆算し始めた頃でもあったので、全力で走り抜けられる最後の10年(?)のための充電という意味合いも強かったです。