毎週出されるRTOCSが、一番大変でした。週末に集中して勉強していたため、平日のディスカッションには参加できず、かといってクラスメートの投稿を先に見てしまうと、自分が楽をしてしまう。そのため、最初は極力自分で調べるように努力しました。おかげで、キャッシュフローやROICツリーなど自力で作れるようになりました。海外出張した際に課題を提出するときは、ホテルでWIFIに繋がる環境を確保し、資料の容量を小さくし、確実に送付できたかまでチェックしたことは、今では良い思い出です。
代表者なので大半の時間は自分でコントロール出来る立場にいましたが、それでも学習量は多く、時間配分を自分で調整しないとドロップアウトしてしまいそうになります。また同級生が同じ会社にいるなど気軽に講義の不明点を聴ける環境にある人は良いですが、そうでない方は理解できない部分については独力で理解しないといけないので、理解を高めるのにそれなりの時間を要します。そのため、時間の確保を十分にする必要があると思います。
授業や試験が重なると、どうしても勉強に割く時間が長くなり体調を崩し気味になります。勉強の遅れに加え、仕事にも遅れを来すことになり、自分で体調を管理する事の重要性も学ぶことができたと感じています。良くTA(Teaching Assistant)の方が仰っていたのが「大前学長ほど忙しく過ごされている人もいないが、学長は毎週期日までにRTOCSの結論を出す」、加えて2年の学びの中で学長が体調を崩された事は1度、しかも咳を患った程度だったことを思いだします。どれだけ忙しくても会社を左右するような決定事項はいつやってくるかわからない為に、体調を整えておく事は経営者としては必須であると言うことを学業以外に学べました。
時間づくり・スケジュール管理では本当に苦労しました。車通勤であったため、学習に専心する為の「すき間時間」の創出に大変神経を使いました。だからこそ、限られた時間の中で精一杯の努力をしなければいけないというマインドも身についたのだと思いますが。
2年間で卒業するというのが前提でしたので、仕事における業務量と家族、学習のバランスをどうするかが一番苦労した点です。上述の通り、BBT大学院でのペースを掴むまでは、仕事、BBT優先でした。しかし後半は、家族との時間もとれるようになりましたので、何とか2年で卒業できました。結果的にタイムマネジメントはうまくいったと思います。
仕事では新たに大きな業務のキックオフをするタイミングで、忙しくプレッシャーが高かったのに加え、家庭でも出産や育児と重なりました。特に、育児は夜泣きなどで、それまで築いていた朝晩の勉強サイクルではうまくいかない上、どうしても時間を割かなくてはいけない家事も発生し、勉強時間にも制約が出てきました。業務・育児・学業でどれも完璧に100%などできないと悟り、時間・体力的にどのようにリソーセスを分配するか考え、実行したものの、今でもあの時あれで良かったのかと悔やむことがあります。
私が最も苦労したのは時間の使い方です。私の処理能力の低さが原因でもあるのですが、1年次は授業をこなすのに必死で、仕事と両立するために睡眠時間を削ることでやりくりしていました。しかし、このやり方は長く続けるべきではないと肌身で感じ、それがきっかけとなって取り組み方を大きく変えました。限られた時間で生産性を高くするために、安易に手を動かすのではなく、考えることに重きを置くように努めました。目的や課題は何か、等を早いタイミングから考えてまとめきり、その成果物に基づき検証を進めることを繰り返すことで、以前よりも有効に時間を使えるようになりました。
わたしは、自社営業ですので、会社がお金を負担してくれる大企業の方々と異なり、すべて自費での勉強でした。2年で卒業すること、かつ英語力TOEIC 800のスコアーを目標にしました。生命保険を解約して学費にしました。まさに命がけですが、価値ある学びでした。TOEICスコアーUPには苦労しました。高校時代に取得したきりの英検2級のレベルからの挑戦でした。BBT大学院でのIPテストのほか、公式テストも受験しながら、英語漬けの日々でしたが、おかげさまでぎりぎりでも目標点に到達できました。
そして、なによりも連続して試験の最終投稿はキツカッタです。専門の舞踊は2年間おあずけ、ストレスでなんと15キロ体重が増えました。今は以前の体重にもどりました。振り返ってみると、あの厳しさが、今のわたしの原動力となっており、必死に頑張っていた自分が非常に懐かしく思えます。
BBT大学院の講義は講義視聴や発言回数など最低限これだけはやって下さいというものが設定されています。しかしそれをクリアしたからと言ってそれだけで十分に学んだと胸を張れる訳ではありません。考え方のトレーニングというのは、いかに繰り返し反復するかという脳の筋トレのようなものなので、出来る限りの時間をBBTにつぎ込みました。過度な強制をされない分、いかに妥協せず頑張るかは本人の自主性による部分も大きいので、その点には気をつけて取り組みました。
営業の仕事をしている中で、平日にほとんど時間が取れなかったことと、2回の転勤があり、新しい環境に慣れながら仕事での成果を上げ、BBT大学院の勉強をこなすことが大変でした。ほぼ毎日PCを見ていたので目、肩、腰が凝り、アリナミンEXが友達になりました。